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オーバー・タイム

オーバー・タイム (角川文庫)


最後に会った日の記憶は斑(まだら)になっていた。
転勤と結婚の報告をされたことは覚えているが、それ以外にどんな話をしたのかは覚えていない。
何しろ9年も前のことだ。
当時、その男と呑むのはすっかり日常だったし、結果的には最後となったその日に会ったのも、特別な理由があってのことではなかった。



男の記憶によると、9年前のその日あたしは、「住む土地が離れるわ結婚するわじゃ、もうサシでは呑めないね」と言ったらしい。

「結婚前だったし、結婚するの初めてだったし、結婚したら女友達と2人で会わないほうがいいだとか、そういうことは全然考えてもいなかった。あと、俺らそういう関係じゃないだろ、っていうのも少しあった」
「あの時あたしにそう言ったんだっけ?」
「いや。馬鹿にされそうな気がして言えなかった」
「なるほど」

9年ぶりに会った男が離婚した理由は訊かなかった。
人づてに子供が出来たという話を聞いたような記憶もあるが、もしそうだとしたら尚更、「真偽を確かめたい」という己の欲求だけで気安く訊けることではない。
男が、永遠に続くと思っていた家族との別離に傷つかないほど鈍感でないことをあたしは知っているのだから。

「で、そっちは?変わったことあった?」

男がおおよその事情を聞き知っている可能性は大いにあったが、あたしは躊躇することなく、「年くっただけ」と答えた。
すると男は大きく笑ったあとで、「お互い追々ね」と言い添えた。

そうだった。
こんなんだった。
話したくなった時だけ話す。
話したくない時に訊かれたらはぐらかす。
お互いがそんな性格だったから楽に過ごせたのだということを、あたしは9年ぶりに思い出した。


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2009/09/08(火) 16:41 | DRAMATB:0

ブザー・ビート~崖っぷちのヒーロー~ 第1話

イチブトゼンブ/DIVE



「いろんなこと周りのせいにして被害者ぶれる歳でもないですし」




同期のコより給料が低いのは正しい評価を下せない上司のせいで、仕事でミスったのはキツいスケジューリングをしたリーダーのせい。
自分の仕事が減ったのは先輩を立てるってことも知らない若手社員のせいだし、会社を辞めることになったのは、クドクドと説教たれるしか能がない窓際課長がウザいせい。
次の仕事が見つからなかったのはいつ行ってもハローワークが混雑し過ぎてるからだし、就職面接に落ちたのは、人を見る目がない面接官のせい。
お金が払えずケータイが止まったのは、ピンチだっていうのに頑として仕送りを拒んだ冷徹な親のせいで、その親が早く働けってうるさく言うのは仕送りの金をケチりたいだけ。
バイトをクビになったのは、バイト一人雇うだけの利益も出せない経営者と、その経営者の目を盗んではサボってばかりいる狡賢くて頭の悪いバイト仲間のせい。
バイト先で出会った彼に何度メールしても返信が来なくなったのは多分、嫉妬深い彼女のせい。

自分に非がないと思い込むことで心の平衡が保てるのかもしれないが、たとえその話全てが客観的事実だとしても、語って聞かせる相手を吟味しないことには同調も同情も得られないし、もちろん好転も望めない。
ちなみに。
あたしはキミを、被害者だと思ったことは一度もないよ。
この2年半でただの一度もね。



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2009/08/06(木) 13:28 | DRAMATB:0

ホカベン 第9話





簡単に人を理解したようなことを言うな。
俺のこの7年は俺のもんだ。
苦しみも悲しさも全部俺だけのもんだ。



その人の胸の奥に、本人だけにしか判り得ない苦しみや悲しみがあることを知ったのにかける言葉が見つからない時の無力感は、他のどんな感情にも喩えがたい。
大切な人の痛みを和らげることが出来たらいいのだけれど、どんな言葉も行いも有り体か的外れな気がして、無力感に苛まれながら見守り続けることしか出来ない。
そんな経験を自分自身してきたし、近しい人にもさせてきた。

でも、人の辛さをうっすら感じ取ると即座に、それと似た類の自分の体験を相手に語り、「だから私はあなたの辛さが手に取るように判るのよ」と、まるで、食べ物の好みが同じだった時のような気軽さで言葉にする人は案外多い。
本当に同じ痛みを味わったのなら、そんな言葉で傷が癒えないことも知っているはずなのに。

確かに、自分の痛みは誰かのそれに似ているかもしれない。
でも、あたしの痛みはあたしだけのものだ。
デカい傷を持つ不完全なヤツだと知っておいて欲しいと思うことはあっても、その痛みの質までを理解して欲しいだなんて微塵も思わないし、むしろ、簡単に理解されて堪るもんか、と思うことさえある。

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   着実に上昇中。ありがとうございまーす。
2009/03/23(月) 16:17 | DRAMATB:0
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